3月9日

 晴れ。バイトがあったということもあり、早めに四条に出て、周辺を散歩した。武田花の本がどれでも良いから欲しくて、とりあえず丸善に行った。『猫のお化けは怖くない』とプリントした写真を貼るようのテープのりを買った。合わせて2090円。そのあと、サイゼリアで昼ごはんを食べた。ハンバーグとフォッカチオとコールスローサラダ。セットでついてくるサラダはとてもまずかった。ランチセットで600円。人が少なければ本でも読もうかと思ってドリンクバーも頼んだけど、並んでいる人がいるようだったので、仕方なく色々と気をつかって店を出た。

 ちょうどいい居場所がなくなったので、鴨川に出る。鴨川というだけあって、カモが近くで見れるので、何枚か写真を撮る。そのあとしばらくボーッと河原に座っていると、北側から金管楽器のやさしい音色が聴こえてきて、ユーフォニアムかな、と思って音のする方へと歩いた。向こう岸にユーフォかチューバが見えて、そのとなりには順に、トロンボーン、ホルンを持っているのが見えた。吹いている音で、あれはユーフォではなくチューバだと分かった。ユーフォニアムは空耳だった。たぶん、ホルンの低音と聴き間違えたんだろう。

 楽器が見える場所にもう一度座った。今日の鴨川はいつもより流れが早いのか、どんくさいカモが何匹か流されていくのを見た。白い蛇が流されていくのも見た。とおもったらパイプのような何かだった。ハトはいつも通りたくさんいた。白い鳩がいて珍しいから写真を撮ろうとしたのに、足元だけフサフサになるようにデザインカットされたトイプードルが歩いて来たせいで白鳩が逃げてしまい、撮れなかった。川岸に座って何かを食べている女に鳩が執拗にまとわりついていた。女は必死に追い払おうとした。向こう岸でも何かを食べながら座っているとカップルがいて、タカが襲いかかるのが見えた。女の方が持っていた何かを落としたあと、大量にハトが集まっていた。カップルは逃げ出した。カモが翼をバサバサと羽ばたかせながら飛んできて、勢いよく着水する様子はいつ見ても気持ちがいい。

 『猫のお化けは怖くない』を開いた。良い天気だった。愛猫のくもが死んでしまったらしい。くもの死に対する悲しみが綴られた文章の後に載っている、雲のある空を背景にフジのような植物が影絵のように映っているモノクロ写真ですこし泣きそうになる。

 泣きそうになってしばらく川をぼーっと眺めていると、パーマをかけた青年に「靴磨きをさせて欲しい」と話しかけられた。靴を磨いてもらっているあいだ聞いた話によると、才能があるけど発表する機会がない芸術家から作品を買い取って、ギャラリーを開きたくて、靴磨きはその資金集めをしているとのことだった。最終的な目標はカンボジアにギャラリーを開くことで、「途上国の人にも美術館で作品を観ているときにしか体験できない時間を味わって欲しい」と言っていた。志の高さに素直にすごいなあと思って、すごいと思った。値段はお気持ちで、と言われ、どれくらい払うのが良いのか分からないからとりあえず1000円札を渡したら、感謝された。

 たった数時間でもこれだけの出来事が起こるのだから、やっぱ外に出て歩くのは大事だと思った。

 バイトへ向かう。阪急電車で、一つだけ顔のついている吊り革があることに気づく。無表情で、こちらを見ることは一切なかった。今日はいつもと反対側の座席に座ってみた。やっぱりいつもの側から見える景色の方が好きだったと思った。車両の連結部の近くに座っていて、隣の電車から小学生の女の子が移ってきた。ランドセルにはリコーダーが刺さっていて、リコーダー懐かしいな、全然吹けなかったな、と思った。

≪八月二十五日 くもり

 霧雨が、降ったり止んだりして一日終る。≫(武田百合子富士日記』)

 たまにとても短い文の日があって、カッコいい。

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