2月24日

・『季節のしっぽ』(武田花)の「春」の章だけ読んだ。フォトエッセイなんだけど、面白くない文章が一つもなくてすごい。小説を読むということは自分にとって面白くない文章をいくつかは読まないといけないということだと思っているけど、この本はいまのところどの文もおもしろい、これはとてつもない事だと思う。こんなふうに思ったのは柴崎友香の「黄色の日」(『ビリジアン』)以来。

≪ゴールデンウイークだというのに人も少なく、霧が流れて薄ら寒い湖畔に、妙な建物が建っていた。正面の壁にはマリリン・モンロー張りぼてが飾られ、てっぺんには金の二宮金次郎像が立つプレハブ二階建て。赤いアメ車が砂利を蹴散らかしながら急停車し、青黄色い顔をした若者がふてくされた様子で降りてきた。そして、建物のシャッターを開け、「面白いっすよ、どうぞ」と手招きする。入場料八百円を払い、バラを受け取り入った。

 一階の薄暗いホールには古い軍服や武器などがぎっしり並べられ、緑色の灯に照らされた水槽に蜥蜴が二匹、じっとしていた。二階にはカウンターがあるだけの殺風景な"スワッピングのポラロイド写真を見る部屋""世界の女優のパンティコレクション"。両方とも別料金を払わないと見られないのでやめる。"世界最大の蛇がいる部屋"のドアには鍵が掛かっており、向こう側から漂ってくる生臭い臭いと、隣のトイレの臭いとが混ざり、嗅いでいるうちに胸がウッとなった。あっという間に見終わり、下に降りると、憂鬱そうな顔でソファに坐っていたさっきの男が急に笑顔になり、「カメラあるなら、撮りましょう」。張りぼてスフィンクスの前で記念写真を撮ってもらった。≫

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